転職を考えるとき、多くの方が「この1回で人生が決まってしまう」と身構えます。年収も、肩書きも、これから10年の評価も、たった1つの決断にかかっている。そう思うと手が止まってしまうのは当然です。
ところが、海外のトップ企業で経営陣にたどり着いた人たちの経歴をたどると、まったく違う景色が見えてきます。彼らは一度の大ジャンプで頂上に着いたのではなく、小さな方向転換を何度も積み重ねていました。この記事では、その仕組みと、明日から真似できる具体的な方法をお伝えします。
キャリアの転換を長年研究してきた学者に、ロンドン・ビジネススクールのハーミニア・イバーラ教授がいます。彼女の代表作である「ワーキング・アイデンティティ」は、キャリアの転換について、実際に手を動かしながら試していくという考え方を、研究にもとづいて示した本として知られています。
この本が示すのは、うまくいった転換は一段ずつ進むものであり、試行錯誤と実験、そして少しずつの経験によって形づくられるという点です。つまり「自分に合う道をじっくり考えてから、一気に飛ぶ」のではなく、「小さく試して、手応えを見ながら舵を切る」ほうが、実際には成功率が高いということです。
会社を辞めるほどの大移動ではなく、自分の持ち場を少しずらす動きのことです。技術から事業側へ、本社から海外拠点へ、既存事業から新規事業へ。肩書きは変わらなくても、扱う相手と扱うテーマが変わる。これが後から効いてきます。
イバーラ教授は、転換は一直線には進まないとも述べています。前に進んだかと思えば後戻りし、それを繰り返しながら、学びが十分に積み上がったところで前進の勢いが続くようになる、という捉え方です。後戻りは失敗ではなく、過程の一部だということです。ここを知っているだけで、転職活動中の不安はずいぶん軽くなります。
抽象的な話だけでは実感がわきません。実際に世界的な企業のトップに立った3人の経歴を、順番に追ってみます。
スー氏はマサチューセッツ工科大学で電気工学の学位を取得し、テキサス・インスツルメンツの技術スタッフとしてキャリアを始めました。その後IBMに移り、13年間にわたって技術職と事業の責任者の役割を行き来し、半導体の研究開発センターの責任者まで務めています。
2007年にはフリースケール・セミコンダクタに最高技術責任者として移り、技術の方向性と研究開発を率いました。その後、同社のネットワーク・マルチメディア部門の責任者となり、世界戦略とマーケティング、エンジニアリングを担当します。そして2012年にAMDへ上級副社長として加わり、2014年7月に最高執行責任者、同年10月に社長兼CEOに就任しました。
注目したいのは、「研究者から社長へ」という大ジャンプが一度も存在しないことです。研究職から開発の責任者へ、技術の責任者から事業の責任者へ、事業の責任者から全社の執行へ。1段ずつ、隣の領域へ移っています。途中にはIBMのCEOの技術補佐という、経営の内側を間近で見る役割もはさんでいます。これは、技術者が経営の言葉を覚えるための小さな実験そのものです。
AMD
フレーザー氏はロンドンのゴールドマン・サックスのM&A部門でキャリアを始め、スペインのマドリードでも働いた後、マッキンゼー・アンド・カンパニーでパートナーを務めました。マッキンゼーには10年在籍し、2004年にシティグループへ移っています。
ここからの動きが見事です。2004年に法人・投資銀行部門で入社し、2007年から2009年まで戦略とM&Aの統括責任者。2009年から2013年までプライベートバンク部門のCEO。2013年から2015年まで米国の個人・商業銀行とシティモーゲージのCEO。2015年から2019年までシティグループ中南米のCEO。その後、シティの社長兼グローバル消費者銀行部門のCEOを務め、2021年にCEOに就任しました。
およそ2年から4年ごとに担当が変わっています。転職は1回だけ、方向転換は何度も。これが同じ会社の中でもキャリアを広げられるという証拠です。中南米の責任者に就いた際は、その地域の出身ではない初めての人物であり、スペイン語が話せたことが強みになりました。過去に別の国で働いた経験が、10年以上あとで効いてきたわけです。
Citi(シティグループ)
ナデラ氏はサン・マイクロシステムズで技術スタッフとして働いた後、1992年にマイクロソフトへ入社しました。最初の仕事は、結果的にうまくいかなかった双方向テレビ製品と、ウィンドウズNTの開発でした。1999年に小規模事業者向けサービスの責任者として初めて役員級の役割に就き、2001年にはビジネスソリューション部門の責任者になります。2007年にはオンラインサービス部門の上級責任者として検索エンジンのビング、オフィスの初期オンライン版、Xbox Liveを担当しました。2011年2月にはサーバー・ツール部門の社長に就任しています。
この経歴で大事なのは、一見「損に見える異動」をいくつも受けている点です。当時のビングは検索市場で苦戦していました。サーバー・ツール部門は、企業のデータセンター向けの製品を抱える一方で、当時はまだ賭けの段階だったアジュールというクラウド基盤を抱えていました。ナデラ氏が引き継いだときの売上は166億ドル、2013年には203億ドルまで伸びています。その後、2014年にCEOに就任します。
花形ではない部署に移ることは、短期的には評価が下がるリスクを伴います。それでも「次の時代に必要になる領域」に先に足を入れていたことが、最終的に他の候補者との決定的な差になりました。
Microsoft(マイクロソフト)
| 人物 | 方向転換の型 | 得たもの |
|---|---|---|
| リサ・スー氏 | 技術から事業へ、少しずつ横に移動 | 技術と経営の両方の言葉を話せる力 |
| ジェーン・フレーザー氏 | 同じ会社の中で担当領域と地域を交代 | 法人と個人、先進国と新興国をまたぐ視野 |
| サティア・ナデラ氏 | 花形ではない新領域に先回り | 次の主力事業を動かした実績 |
3人の経歴を並べると、方向転換のパターンが見えてきます。自分がどの型を取れるかを考えてみてください。
同じ分野のまま、立場を変える方法です。作る側から売る側へ、担当者から企画側へ。専門性は保ったまま、見える範囲だけが広がります。リスクがもっとも小さく、最初の一歩に向いています。
やることは同じで、相手を変える方法です。国内担当から海外担当へ、大企業向けから中小企業向けへ。同じ仕事でも、相手が変われば通用しない部分が必ず出てきます。そこを埋める過程で、応用のきく力が身につきます。
まだ小さい事業、これから伸びそうな領域に先回りする方法です。短期的には不利に見えますが、その領域が主力になったとき、経験者はほとんどいません。もっとも大きな差がつくのはこの型です。
経営層に近いポジションの選考で問われるのは、実は職歴の華やかさではありません。「なぜその移動をしたのか」を自分の言葉で説明できるかです。
きれいな一直線の経歴より、曲がり角のたびに理由がある経歴のほうが強い。面接官が知りたいのは、あなたが判断できる人かどうかだからです。
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1
過去の方向転換を書き出す
これまでの異動や転職を年表にして、それぞれ「何が変わったか」を一行で書きます。役割、市場、テーマのどれがずれたのかを分類してみてください。自分の型が見えてきます。 -
2
今の職場でできる実験を1つ決める
転職の前に、社内で試せることがあるはずです。別部署のプロジェクトに手を挙げる、海外拠点との案件を取りにいく。辞めずにできる実験こそ、もっとも安全な方向転換です。 -
3
社外の人と3か月に1度は話す
イバーラ教授の研究でも、いつもの人間関係の外側にいる人との接点が、転換を後押しすると繰り返し指摘されています。近い同僚は今の自分を前提に助言しますが、遠い相手は別の可能性を見せてくれます。 -
4
5年後に大きくなりそうな領域を1つ選ぶ
今の花形ではなく、次の花形を選びます。その領域に少しでも関われる仕事を、社内外を問わず探してください。ここが将来の決め手になります。 -
5
職務経歴書を「理由の年表」に書き換える
実績の羅列ではなく、曲がり角ごとの判断理由を1行ずつ添えます。これだけで、同じ経歴がまったく違って見えます。
- 今より1つだけ知らない要素が増える移動か(2つ以上増えると難易度が急に上がります)
- 3年後に「あの経験があってよかった」と言えそうか
- その移動で、これまでの強みが完全に捨てられていないか
- うまくいかなかったとき、戻れる道が残っているか
- キャリアの転換は一直線ではなく、進んでは戻りながら形になっていく
- 世界的な経営者の経歴に、いきなりの大ジャンプは存在しない
- 方向転換には、役割をずらす、市場をずらす、テーマをずらす、の3つの型がある
- 転職しなくても、今の職場でできる実験がある
- 選考で問われるのは経歴の美しさではなく、曲がり角ごとの理由
一度の転職で人生は決まりません。決まるのは、そのあとに続く小さな方向転換を、自分で選び続けられるかどうかです。今の場所から半歩ずらすだけでも、5年後の景色は驚くほど変わります。まずは1つ目の実験を決めるところから始めてみてください。


