キャリア形成 / ハイクラス転職
役職が上がるほど、転職の相談相手は減っていきます。けれど海外のエグゼクティブたちは、ひとりで戦っていません。表には出てこない「味方のチーム」を、何年もかけて静かに育てているのです。この記事では、その正体と、明日から始められる作り方をお伝えします。
部長や事業責任者、あるいは役員を目指す転職は、若手のころの転職とはまったく別の競技です。まず、社内の人には相談できません。うわさが広まれば、今のポジションが危うくなるからです。家族や友人に話しても、業界の細かな事情までは伝わりにくいものです。
さらに、ハイクラスの求人はそもそも表に出てきません。海外のキャリア支援サイトの推計では、経営幹部クラスの求人のおよそ8割は一般に公開されず、紹介やヘッドハンター、人のつながりの中で決まっていくとも言われています。求人サイトをいくら眺めても、本当に良い席はすでに誰かの手の中にある、ということが起こるのです。
つまり、ハイクラス転職の本当の壁は「実力」だけではありません。情報が届くかどうか、そしてあなたを推してくれる人がいるかどうかです。ここで海外のエグゼクティブが頼りにしているのが、この記事のテーマである「見えない味方」です。
| テーマ | 海外の調査・事例からわかること |
|---|---|
| 非公開の求人 | 経営幹部の求人の約8割は公開されないという推計があります |
| ゆるいつながり | LinkedInの約2,000万人を対象にした実験で、ほどよく距離のある知り合いは、親しい人より2倍以上転職につながりやすいと報告されました |
| スポンサーの効果 | 推してくれる上位者がいる人は、いない人に比べて昇進の階段を上がりやすさが男性で23%、女性で19%高いという調査があります |
どれも「ひとりの努力」ではなく、「誰とつながっているか」が結果を左右していることを示しています。ここからは、海外のエグゼクティブが頼る味方を3つのタイプに分けて見ていきましょう。
海外で経営幹部の採用を担うのが、エグゼクティブサーチと呼ばれる会社です。かみ砕いて言うと、企業から「この席にふさわしいリーダーを探してほしい」と依頼を受け、候補者を一人ひとり見つけ出す専門家です。
多くはリテーナー型という仕組みで動いています。これは、依頼を受けた段階で企業から着手金を受け取り、その案件を専属でじっくり探す方式のことです。報酬は採用された人の初年度の年収の2割から3割台が目安とされ、支払うのは企業側です。候補者がお金を払う必要はありません。
ここで大切なのは、ヘッドハンターの本来の依頼主は企業だという点です。だからこそ、彼らが探しているのは「今まさに転職したい人」よりも、今は満足して働いているけれど、良い話があれば考える人です。業界ではこうした人をパッシブ候補と呼びます。つまり、転職を考えていない時期こそ、ヘッドハンターと知り合っておく絶好のタイミングなのです。
- 転職の予定がないときから、年に1〜2回は近況を伝えている
- 実績を「売上を何%伸ばした」「何人の組織を立て直した」など数字で話せる
- 自分に合わない案件でも、ふさわしい知人を紹介してあげている
- 他社との選考状況や希望条件を正直に伝え、信頼を積み重ねている
とくに3つ目は見落とされがちです。案件を断るときに「代わりにこの人はどうでしょう」と紹介できる人は、ヘッドハンターにとって頼れる情報源になります。与える人ほど、次に良い話が回ってくる。これが海外のエグゼクティブが実践している付き合い方です。
海外で名前がよく挙がる大手を紹介します。どの会社も日本に拠点を持っているので、ハイクラス転職を目指すなら覚えておいて損はありません。自分自身がヘッドハンターとして働く道に興味がある方のために、各社の採用ページも載せておきます。
Russell Reynolds Associates(ラッセル・レイノルズ・アソシエイツ)
米国ニューヨーク発。CEOや取締役の後継者選びの支援に強く、リーダーシップに関する調査も数多く発表しています。
「コーチなんて自分には必要ない」。実はこう考えたのは、グーグルの元CEOエリック・シュミット氏です。CEOに就任して間もないころ、投資家のジョン・ドーア氏からコーチをつけるよう勧められ、最初は断りました。するとドーア氏は、世界最高のテニス選手にだってコーチはいると返したそうです。
そこでシュミット氏が出会ったのが、ビル・キャンベル氏でした。元アメフトのコーチから経営者に転じた人物で、グーグルの創業者たちやアップルのスティーブ・ジョブズ氏など、シリコンバレーの名だたるリーダーを陰で支えた存在です。彼が関わった会社の価値の合計は1兆ドルを超えるとされ、その教えは『1兆ドルコーチ』という本にまとめられて世界的なベストセラーになりました。
シュミット氏は後に、会長職をめぐって感情的な決断をしかけたとき、キャンベル氏が「これは流れに任せればいい」と止めてくれたと振り返っています。もしあのとき感情のまま動いていたら、取り返しのつかない失敗になっていたかもしれない、と。大きな決断の場面ほど、冷静な第三者の目が効いてくるのです。
「コーチは気休めでは?」と思う方もいるかもしれません。英国の研究者たちが職場のコーチングに関する17の研究をまとめて分析したところ、コーチングは仕事の成果に対して全体としてプラスの効果があり、とりわけ個人の業績や目標の達成に対して大きな効果が見られたと報告されています。
転職活動にあてはめると、コーチはこんな場面で力を発揮します。
- 自分の強みと実績を整理し、「次に何をしたい人なのか」を言葉にする
- 役員面接を想定した練習で、話の筋道や伝え方を磨く
- 年収や権限などの条件交渉で、弱気になりすぎないよう背中を押してもらう
- 入社後の最初の100日で、何から手をつけるかを一緒に考える
ちなみにメンターとの違いも押さえておきましょう。メンターは自分の経験をもとに助言してくれる先輩のような存在、コーチは質問を通してあなた自身の答えを引き出すプロです。どちらが上ということではなく、役割が違うと考えると使い分けやすくなります。
米国のエコノミスト、シルビア・アン・ヒューレット氏は、キャリアの味方を語るうえで欠かせない言葉を残しています。メンターは助言し、スポンサーは行動する。スポンサーとは、あなたのいない場であなたの名前を出し、「あの人に任せてみよう」と推してくれる、影響力のある上位者のことです。
彼女が率いた調査機関の研究では、スポンサーがいる人はいない人に比べて昇進しやすさが男性で23%、女性で19%高いという結果が出ています。さらに、昇給を自分から切り出せない人が多い中で、スポンサーがいると交渉に踏み出す人の割合がぐっと上がることもわかりました。転職の場面でも、「前の会社であの人と一緒に働いた」という一言の推薦が、書類選考より強い力を持つことは珍しくありません。
海外では、こうした味方をひとまとめにして「パーソナル・ボード・オブ・ディレクターズ」と呼ぶ考え方が広がっています。直訳すると「自分専用の取締役会」です。会社が取締役会で大事な決定をするように、自分のキャリアの大事な決断を、立場の違う数人の相談相手と一緒に考えようという発想です。
ハーバード・ビジネス・レビューでは2010年の時点で、たった1人のメンターに頼るのではなく、複数の相談相手を「取締役」として持つよう勧める記事が掲載されています。海外の記事では、4〜7人ほどの、役割の違うメンバーで構成するのが目安とされることが多いようです。
もう一つ、ワクワクする研究結果を紹介します。スタンフォード大学やMIT、ハーバード・ビジネス・スクールの研究者とLinkedInのチームが、約2,000万人の利用者を対象に5年間の実験を行いました。その間に生まれた新しいつながりは20億件、新しい仕事は60万件にのぼります。
結果は、親しい友人よりもほどよく距離のある知り合いのほうが、新しい職場への橋渡しになりやすいというものでした。目安は、共通の知り合いが10人ほどいて、ふだんはあまりやり取りしない相手です。ただし遠すぎる関係になると効果は下がり、ちょうど山なりの形になることもわかりました。親しい人とは持っている情報が似てしまうので、少し離れた人のほうが自分の知らない求人やつながりを運んでくれる、というわけです。
ここまでの内容を、実際に集めたい味方の一覧にまとめました。全員をそろえる必要はありません。空いている席を見つけることが、最初の一歩になります。
| 味方のタイプ | してくれること | 出会い方のヒント |
|---|---|---|
| ヘッドハンター | 非公開の求人や市場での自分の評価を教えてくれる | 連絡が来たら断る場合も一度会って関係をつくる |
| コーチ | 考えを整理し、面接や交渉の準備を支える | 国際的な認定資格を持つ人から、相性を見て選ぶ |
| メンター | 目指す立場の経験者として助言をくれる | 元上司や業界団体、社外の勉強会で探す |
| スポンサー | あなたのいない場で名前を出し、推薦してくれる | 期待を超える成果で信頼を積み、自分から支援をお願いする |
| ほどよく遠い知り合い | 自分の知らない求人や人を運んでくれる | 昔の同僚や取引先に、近況を添えて久しぶりに連絡する |
米国のリーダーシップ研究のレポートに、ニューヨークの出版社で管理職をしていたヴィッキーさんという女性の話が紹介されています。同僚が先に昇進したとき、彼女は深く傷つき、悔しい思いをしていました。
そのとき動いたのが、彼女が日ごろから相談していた「自分専用の取締役会」のメンバーでした。彼らは彼女に冷静な助言をしただけでなく、会社のトップに彼女の思いと今後の希望を伝え、昇進を後押ししたのです。それを聞いて初めて、トップは彼女も副社長にすべきだったと気づいたといいます。自分では言いにくいことを、信頼できる誰かが代わりに届けてくれる。これこそ見えない味方の真骨頂です。
先ほど紹介したエリック・シュミット氏とビル・キャンベル氏の関係も、立派な具体例です。シュミット氏ほどの実力者でさえ、人生の大事な場面では自分一人の判断に頼りませんでした。キャンベル氏は報酬を受け取らず、相手の成功そのものを喜びとしていたと伝えられています。お金ではつながらない信頼関係が、世界的企業の経営を陰で支えていたのです。
ここからは、海外の考え方を日本で取り入れた場合をイメージしやすくするための架空のモデルケースです。メーカーで事業部長を務める40代のAさんは、転職を決める2年前から味方づくりを始めました。
まず、年に一度連絡をくれていたヘッドハンター2人と、転職の予定がなくても近況を話す関係をつくりました。次に、元上司をメンターとして、また前職の取引先の役員をスポンサー候補として、半年に一度は食事をするようにしました。さらに、昔の同僚や勉強会の知り合いなど、ほどよく遠い知り合いにもSNSで近況を発信し続けました。
いざ転職を決めたとき、Aさんのもとには非公開の役員候補の話が複数届き、面接前にはコーチと一緒に話す内容を練り上げました。転職活動そのものは数か月でも、その土台には2年分の味方づくりがあったのです。
上のAさんの例は、考え方をわかりやすく伝えるための架空の事例です。実在の人物や企業とは関係ありません。
-
1
空いている席を確かめる
先ほどの一覧を見ながら、いま自分に「ヘッドハンター」「コーチ」「メンター」「スポンサー」「ほどよく遠い知り合い」がいるかを書き出しましょう。空席がわかれば、次にすることが見えてきます。 -
2
自分の実績を数字で語れるようにする
味方はあなたを推すための材料を必要としています。成果を数字と短いストーリーで話せるように準備しておくと、紹介してもらいやすくなります。 -
3
ほどよく遠い知り合い3人に連絡する
しばらく話していない元同僚や取引先に、近況を添えて短いメッセージを送ってみましょう。ビジネスSNSのプロフィールを最新にしておくことも忘れずに。 -
4
先に与える
知人を紹介する、情報を共有する、相手の挑戦を応援する。見えない味方との関係は、お互いさまで育っていきます。
ハイクラス転職は、情報が表に出にくく、相談相手も少ない、孤独になりやすい挑戦です。けれど海外のエグゼクティブは、その孤独を味方のチームで乗り越えています。
- ヘッドハンターとは、転職の予定がないときから長い付き合いをする
- トップリーダーほどコーチを持ち、大きな決断を第三者の目で確かめている
- メンターは助言し、スポンサーは行動する。両方を意識して関係を育てる
- ほどよく遠い知り合いが、思いがけない扉を開いてくれる
次の良い席は、あなたの知らない場所で、あなたの名前を知っている誰かが運んできます。今日送る1通のメッセージが、数年後のキャリアを変えるかもしれません。まずは空いている席を1つ、埋めることから始めてみませんか。
- A causal test of the strength of weak ties(Science, 2022)
- The real strength of weak ties(Stanford Report)
- Sylvia Ann Hewlett: Find A Sponsor Instead Of A Mentor(Forbes)
- Forget Mentors: Employ a Personal Board of Directors(Harvard Business Review)
- The effectiveness of workplace coaching: a meta-analysis(Aston University)
- Berkeley Changemaker Profile: Eric Schmidt(UC Berkeley)
- Hire a Personal Board of Directors(Flynn Heath Holt Leadership Research Report)


