はじめに 「まだ早いかな」と迷っているあなたへ
新卒で入った会社で2年目、3年目を迎えると、ふと頭をよぎる疑問があります。
「このままここにいて、本当に年収は上がるのだろうか」
「でも、3年もいないうちに辞めたら経歴に傷がつくのでは」
日本には「石の上にも三年」という言葉があります。一方でSNSを開けば「20代で3回転職して年収が2倍になった」という話もあふれています。どちらを信じればいいのか、迷ってしまうのは当然です。
そこでこの記事では、感覚や体験談ではなく、海外で何十年も積み重ねられてきた若手のキャリア調査をもとに、この疑問に答えていきます。アメリカ、イギリス、カナダの研究者や調査機関は、何万人、何千万人もの若者の職歴と給料を長い期間追いかけてきました。そこから見えてきたのは、とてもシンプルで、そして少し意外な結論です。
先に答えを言ってしまいます。
最初の転職でいちばん大事なのは「何年目か」よりも「キャリアの初期に、1回か2回、正しい方向へ動けるかどうか」です。
ずっと動かない人でも、動きすぎる人でもなく、その中間の「選んで動く人」が、10年後にいちばん年収を伸ばしていました。ここから、そのデータを一緒に見ていきましょう。読み終えるころには、あなたが「今動くべきか、もう少し待つべきか」を自分で判断できるようになっているはずです。
第1章 まず知っておきたい3つのデータ
若いうちは「転職するのが普通」だった
最初に紹介したいのは、労働経済学の世界で長く引用されている古典的な研究です。シカゴ大学のロバート・トペルとマイケル・ウォードは、若い男性の職歴を労働市場に入ったときから最長15年間追いかけました。
その結果、働き始めてからの最初の10年間で、典型的な若者は7つの職に就き、これは生涯で就く仕事の数のおよそ3分の2にあたることがわかりました。さらに重要なのは給料との関係です。転職のときの昇給が、キャリア初期の賃金の伸びの少なくとも3分の1を占めていたのです。 repecrepec
つまりアメリカでは、若いうちの転職は「異常なこと」ではなく、年収を上げるための王道ルートの1つだったわけです。
いまのアメリカの若手は、だいたい何年で動いているのか
では現在はどうでしょうか。アメリカ労働統計局(BLS、アメリカ政府の統計を作っている役所です)の2024年の調査では、55〜64歳の人の勤続年数の中央値(真ん中の値)は9.6年で、25〜34歳の2.7年の3倍以上でした。 bls
25〜34歳の真ん中の人が、今の会社にいるのが約2.7年。日本の感覚からすると短く感じるかもしれませんが、これが海外の若手にとっての「ふつう」の目安です。
転職した人と残った人、給料の伸びはどれくらい違うのか
もう1つ、今まさに動いているデータを見てみましょう。アメリカの給与計算大手ADPは、毎月数千万人分の給与データから「同じ会社に残った人」と「転職した人」の給料の伸びを比べています。
2026年9月の発表では、ボーナスなどを含む総支給額で、残った人は前年比4.4%増、転職した人は7.3%増でした。差は約3ポイント。1年だけ見れば小さく見えますが、これが数年続くと大きな差になります。 azbigmedia
ここまでのデータをまとめると、こうなります。
海外のデータでは、若いうちの転職は年収を上げる大きなエンジンになっている。
ただし、ここで話を終えると「とにかく早く、何度でも転職すればいい」という誤解が生まれます。本当に面白いのは、ここからです。
第2章 年収が伸びる「最初の転職」3つのポイント
ポイント1つ目 動かない人より、動きすぎる人のほうが損をする
アメリカのファーマン大学の経済学者ジェフリー・ヤンコウは、1997年から続く若者の追跡調査(NLSY97)を使い、働き始めてから10年間の給料の伸び方を、3つのタイプで比べました。
1つ目は「残る人」。10年間ずっと同じ会社にいるタイプです。
2つ目は「選んで動く人」。最初のうちに何度か職を探して、自分に合う会社を見つけたら長く腰を落ち着けるタイプです。
3つ目は「動き続ける人」。10年間、一定の間隔で転職を繰り返すタイプです。
結果はとても示唆的でした。スタート時点の給料がいちばん高いのは「残る人」です。ところが10年間の伸びがいちばん大きかったのは「選んで動く人」で、男性では6年目あたりで「残る人」に追いつき、その後は追い抜いていきました。そして、いちばん給料が伸びなかったのは「動き続ける人」でした。
研究のまとめでは、キャリアの最初の2年ほどで適度に転職し、その後は転職を減らす人が、残る人と動き続ける人の両方より高い賃金カーブを描くとされています。
勝つのは「動かない人」でも「動き続ける人」でもなく、「早めに1〜2回動いて、良い場所に根を張る人」です。
ポイント2つ目 転職の効果は「若いほど大きい」
イギリスのシンクタンク、レゾリューション財団の分析も、同じ方向を指しています。2007年から2014年にかけて、18〜29歳で転職した人の給料の伸びは、残った人の2.7倍(11.8%対4.4%)でした。 resolutionfoundation
さらに同財団は、転職による上乗せ(プレミアム)は年齢とともに小さくなることも指摘しています。若いうちの転職ほど年収アップの効果が大きく、年を重ねるほどその効果はしぼんでいくということです。
しかも同じ報告では、30歳前後で同じ会社に長くいる人の割合が増えている一方で、長く勤める社員に会社が与える年間の実質的な昇給が、約4%からほぼゼロにまで下がったとされています。「会社に尽くせばいずれ報われる」という前提そのものが、海外では崩れつつあるのです。
ここから言えるのは、最初の転職を「なんとなく先延ばし」にすることにも、見えないコストがあるということです。
ポイント3つ目 最初の1社目、最初の転職先が「その後の階段」を決める
3つ目のポイントは、どこへ動くかという「方向」の話です。
アメリカのバーニング・グラス研究所とストラーダ研究所が、6000万人以上の職歴データを分析したレポート「Talent Disrupted」は、多くの関係者に衝撃を与えました。大卒者の52%が卒業1年後に、大卒の学歴を必要としない仕事に就いており、10年後も45%がその状態のままだったのです。 higheredtoday
そして最も重要な発見は、最初の仕事の影響の大きさでした。最初に大卒レベルの仕事に就けなかった人の73%は、10年後も同じ状態にとどまっていた一方で、最初から大卒レベルの仕事に就いた人の79%は、5年後もそのレベルの仕事を続けていました。
これを転職に置き換えると、こう読めます。
最初の転職は「今の会社から逃げる」ためではなく「1段上の階段に乗り換える」ために使うべきだ。
自分のスキルを活かせない仕事にとどまっている時間が長いほど、そこから抜け出しにくくなります。逆に言えば、最初の転職で「より高いスキルが求められる仕事」へ移れた人は、その後の年収カーブそのものを書き換えられるのです。
第3章 「では、何年目に動けばいいのか」実践ステップ
ここまでの研究をまとめると、最初の転職のベストタイミングは、だいたい次のような姿になります。
ステップ1 入社1年未満の転職は、原則として避ける
採用する側の目線も確認しておきましょう。南アフリカのヘッドハンティング会社ジャックハマーが人事責任者に行った調査では、55%が「1年未満の在籍」を問題だと考えていました。ただし同じ調査で、全員が「1回くらいの短期在籍ならありうる」と認めています。問題になるのは、短期在籍が「パターン」になっているときです。 it-onlinehunter
カナダではロバート・ハーフが人事担当者に調査し、「10年で6社」が、いわゆるジョブホッパー(転職を繰り返す人)と見なされる平均的な境目だという結果が出ています。 hrreporter
つまり、1回目の転職は1年未満でもリカバリーできますが、「とりあえず早く辞める」を繰り返すのは危険です。
ステップ2 1年半〜3年目を「最初の勝負ゾーン」にする
ヤンコウの研究にあった「最初の2年ほどで適度に動く」という結果、そしてアメリカの25〜34歳の勤続年数の中央値が約2.7年というデータを重ねると、1年半から3年目あたりが、最初の転職を考えるうえで現実的な目安になります。
この時期なら、「1つの仕事をやり切った実績」をある程度語れますし、若さによる転職プレミアムもまだ大きく残っています。
ステップ3 5年を超えたら「残る理由」を言葉にする
逆に、5年以上同じ会社にいる場合は、それ自体が悪いわけではありません。ただし、レゾリューション財団のデータが示すように、長くいることへの昇給のごほうびは昔ほど期待できません。
「なぜ自分はここに残るのか」を、年収とスキルの両面から説明できるかどうかを、年に1回はチェックしておきましょう。説明できるなら、残るのも立派な戦略です。説明できないなら、それが動くサインです。
ステップ4 「市場の追い風」を確認してから動く
最後に忘れてはいけないのが、景気や転職市場の状況です。
ADPのデータでは、2026年2月に転職による給料の上乗せが過去最低を記録したと、同社のチーフエコノミストがコメントしています。アトランタ連邦準備銀行の賃金データでも、2025年には2010年9月以来はじめて、残った人の昇給が転職した人を上回った時期がありました。 adpcreditunions
つまり、同じ「入社3年目」でも、市場が冷えている時期に慌てて動くと、転職のうまみが小さくなることがあります。求人が増えているか、自分の職種の提示年収が上がっているかを確認してから動くのが賢いやり方です。
第4章 具体例で考える「3人の10年後」
ここでは、研究結果をイメージしやすくするために、架空の3人の20代を想定してみます(実在の人物ではなく、研究の傾向をわかりやすく置き換えた例です)。
1人目は、同じ会社に10年いるAさんです。入社時の給料は3人の中でいちばん高く、社内の評価も安定しています。ただ、昇給は毎年ゆるやかで、30代前半になって転職市場をのぞいたとき、「自分の市場価値がよくわからない」ことに気づきます。
2人目は、入社2年半で1回だけ転職したBさんです。1社目で「売上の分析を任され、改善提案を2つ通した」という実績を作ってから、より専門性の高い分析ポジションへ移りました。転職先で専門性を深め、そこから長く腰を落ち着けます。ヤンコウの研究でいう「選んで動く人」で、6年目あたりからAさんの年収を追い抜いていくのはこのタイプです。
3人目は、1年ごとに転職を繰り返すCさんです。毎回少しずつ給料は上がるものの、どの職場でも大きな成果を出す前に辞めてしまうため、30歳を過ぎたころから書類選考で「すぐ辞めそう」と見られるようになります。研究で給料の伸びがいちばん小さかったのは、このタイプでした。
もう1つ、勇気が出るデータを紹介します。トロント大学のオレオポウロスらは、不景気の年に大学を卒業したカナダの若者を追いかけました。すると、不運な時期に卒業した人は、最初は給料の低い会社に入るものの、その後より良い会社へ移っていくことで少しずつ取り戻していたのです。とくに素早くより良い会社へ移れた人ほど、ダメージが小さかったとされています。 hedgeyehedgeye
1社目がうまくいかなかったとしても、最初の転職で「良い方向」へ動けば、キャリアは十分に取り返せます。
第5章 注意点と落とし穴
最後に、海外データを日本で使うときの注意点をお伝えします。
1つ目は、日本とアメリカ・イギリスでは雇用の仕組みが違うことです。日本には新卒一括採用や、年次で昇格していく会社がまだ多く残っています。海外の数字をそのまま当てはめず、「方向性のヒント」として使うのが正しい読み方です。とくに外資系企業やIT・コンサルなど、海外に近い評価制度の業界ほど、この記事の傾向が当てはまりやすいと考えてください。
2つ目は、転職の「理由」がとても大事だということです。海外の研究でも、自分から前向きに動いた転職と、やむを得ない転職では結果が違うと何度も指摘されています。「嫌だから辞める」ではなく、「次にこれを得るために動く」と言える状態で動きましょう。
3つ目は、年収だけを見て職種や業界を大きく変えすぎないことです。若手の研究では、業界をまたぐ転職ほど、それまでの経験が活かしにくく、給料が一時的に下がりやすいという結果も出ています。最初の転職では「今のスキルの延長線上で、1段上の仕事へ」を基本にするのが安全です。
おわりに 最初の転職は「逃げ道」ではなく「階段」
ここまでの内容を、もう一度まとめます。
海外の若手キャリア研究が示しているのは、「何年我慢したか」で年収が決まるわけではない、ということです。
ずっと動かない人は、スタートは有利でも伸びがゆるやかになりがちです。動き続ける人は、信頼と専門性を積み上げる前に次へ行ってしまいます。いちばん年収を伸ばしたのは、キャリアの初期に1〜2回、はっきりした目的を持って動き、良い場所で根を張った人でした。
あなたにとっての「最初の転職」のベストタイミングは、次の3つがそろったときです。
1つ目は、今の会社で「これをやり切った」と言える実績が1つあること。
2つ目は、次の会社が、今より1段高いスキルを求められる場所であること。
3つ目は、あなたの職種の転職市場に追い風が吹いていること。
この3つがそろっているなら、それが入社2年目でも4年目でも、あなたにとってのベストタイミングです。
まずは今日、今の仕事で「人に語れる実績」を1つ書き出してみてください。それがあなたの最初の転職の、いちばん強い武器になります。

